内部統制はなぜ形骸化するのか
「承認印は押しているが、中身はほとんど見ていない」
「評価の時期になると、慌てて証跡をそろえている」
上場準備や上場後の運用を進めるなかで、内部統制がこうした状態になっていると感じたことはないでしょうか。
ルールや文書はそろっているのに、本来の目的を果たしていない「内部統制の形骸化」。形骸化した内部統制は不正やミスを防げないだけでなく、現場の負担だけが残り、さらに運用がおろそかになるという悪循環を生みます。
本記事では、内部統制が形骸化しているときに現れるサイン、形骸化が起こる主な原因、実効性を取り戻すための見直しのポイントを解説します。
内部統制の形骸化とは
規程・業務記述書・承認手続きなどの「形」は残っているものの、リスクを低減するという本来の役割を果たしていない状態は、内部統制の形骸化といえるでしょう。
内部統制は、業務の有効性及び効率性、報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守、資産の保全という4つの目的を達成するための仕組みです。形骸化した統制は、書類の上では「実施済み」になっていても、これらの目的に貢献していません。
形骸化しているときに現れるサイン
次のような状態が見られる場合、内部統制が形骸化し始めている可能性があります。
- 承認者が内容を確認せず、承認印やシステム上の承認ボタンを押している
- 業務記述書やフローチャートが、現在の業務の進め方と一致していない
- 担当者に「なぜこのチェックが必要なのか」を聞いても説明できない
- 評価や監査の直前になって、証跡を後からそろえている
- 「今回だけ」の例外処理が常態化している
- 監査で指摘を受けるたびに統制が追加され、減ることがない
いずれか1つでも当てはまる場合は、統制そのものの設計や運用方法を見直すタイミングといえます。
内部統制の形骸化が問題になる理由
不正や誤りを防げず、重要な不備につながる
形骸化した統制は、書類上は機能しているように見えるため、問題が表面化しにくいのが特徴です。誤りや不正が見過ごされた結果、財務報告に重要な影響が生じれば、内部統制報告書で「開示すべき重要な不備」として開示しなければならない可能性もあります。
制度の面でも、内部統制が実際に機能しているかどうかは重視されています。2023年4月に改訂された内部統制の基準・実施基準では、改訂の経緯として次のような事例が挙げられました。
経営者による内部統制の評価範囲の外で開示すべき重要な不備が明らかになる事例や内部統制の有効性の評価が訂正される際に十分な理由の開示がない事例が一定程度見受けられており
この改訂では、評価範囲の決定にあたって「売上高等のおおむね3分の2」などの例示を機械的に適用すべきでないことも明記されました。改訂基準は、2024年4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。形式的に基準を満たすだけでなく、自社のリスクに応じて統制が機能しているかが問われているといえるでしょう。
現場が疲弊し、さらに運用がおろそかになる
形骸化した統制は、実効性がないにもかかわらず、作業の手間だけは確実に発生します。「意味のないチェック」と感じる作業が増えるほど、現場は内部統制を負担としか捉えなくなり、確認がさらに形だけになっていきます。
形骸化は放置すると加速しやすいため、早い段階で原因を見極めて手を打つことが大切です。
内部統制が形骸化する主な原因
1.文書化そのものが目的になっている
上場準備では、業務記述書・フローチャート・RCM(リスク・コントロール・マトリクス)のいわゆる3点セットを短期間で整える必要があります。その過程で「監査に通るための書類づくり」が目的化すると、実際の業務とかけ離れた統制が文書上にだけ残ってしまいます。
2.業務やシステムの変化に統制が追いついていない
組織変更・人事異動・新規事業の開始・システムの入れ替えなどで業務の流れが変わっても、文書や統制が更新されないケースは少なくありません。文書と実態のずれが広がるほど、担当者は文書を参照しなくなり、統制は形だけのものになります。
3.統制の数が多すぎて現場の負担が大きい
リスクの大きさを考慮せずにチェックを重ねたり、監査で指摘を受けるたびに統制を追加したりすると、統制の数は増える一方になります。すべてのチェックに同じ手間をかけられない状態になると、重要なチェックまで流し作業になってしまいます。
4.統制の目的が現場に伝わっていない
担当者が「なぜこの承認が必要なのか」「どのようなリスクを防いでいるのか」を理解していなければ、統制は単なる作業手順として扱われます。ルールでは想定していないケースが起きたときに、適切に判断できないことにもつながります。
5.経営者の姿勢が現場に伝わっていない
内部統制の基本的要素のひとつである「統制環境」は、組織の気風を決め、従業員一人ひとりの統制に対する意識に影響を与える基盤です。経営者が内部統制を「監査のためのもの」と捉えていると、その姿勢は現場にも伝わります。
また、内部統制の基準では、内部統制の限界として「経営者が不当な目的の為に内部統制を無視又は無効ならしめることがある」ことも示されています。経営者自身が内部統制を尊重する姿勢を示すことは、形骸化を防ぐ前提です。
形骸化した内部統制を立て直すためのポイント
形骸化のサインと、見直しの方向性を整理すると次のとおりです。
現状を棚卸しし、文書と実態のずれを把握する
まずは、現在の統制が文書どおりに運用されているかを確認します。取引の流れを1件ずつ追いかけるウォークスルーの考え方を使い、文書と実態のずれ、使われていない統制、属人化している手続きを洗い出しましょう。
リスクの大きさに応じて統制にメリハリをつける
すべての統制に同じ手間をかけるのではなく、財務報告の信頼性に大きく影響するリスクを防ぐ統制(キーコントロール)に重点を置きます。重要度の低いチェックや重複しているチェックは、統合や簡素化を検討しましょう。
ただし、統制を減らすこと自体が目的ではありません。「そのチェックはどのリスクを防いでいるのか」を一つずつ確認しながら判断することが大切です。
手作業の統制をITによる統制に置き換える
入力値の自動チェックや、システム上での承認フローなど、ITを活用した統制は、手作業に比べて確認漏れが起こりにくいのが特徴です。人による確認の負担を減らしながら、統制の精度を高められる可能性があります。
なお、ITを活用した統制に移行する場合は、システムそのものが適切に管理されていることを担保するIT全般統制もあわせて整える必要があります。
統制の目的を共有し、更新する仕組みをつくる
統制の見直しとあわせて、担当者に統制の目的を伝える機会をつくります。また、組織変更やシステム変更があったときに文書や統制を見直す手順を決めておくと、文書と実態のずれが広がるのを防げます。
監査法人と協議し、自社で継続できる改善策を選ぶ
監査法人からの改善要請には対応が必要ですが、要請をそのまま統制の追加で受け止めると、統制は増え続けます。指摘の背景にあるリスクを確認したうえで、自社として継続的に運用できる方法を監査法人と協議することが、形骸化を防ぐうえで重要です。
上場準備中の企業が形骸化を防ぐために
上場準備中の企業では、構築の段階から「上場後も運用し続けられるか」という視点を持つことが大切です。短期間での文書化を優先しすぎると、上場後に統制の負担が表面化し、形骸化の原因になります。
構築段階で業務の実態に合った統制を設計し、運用段階で無理なく回るかを確認しておくことで、上場後の見直しの手間を抑えられます。
見直しを自社だけで進めるのが難しいときは
形骸化した内部統制の立て直しでは、どの統制を残し、どの統制を見直すかという判断が欠かせません。社内の担当者だけでは判断の根拠を示しにくい場合や、監査法人との協議を進めにくい場合は、内部統制の専門家に相談するのも一つの方法です。
当サイトを監修するコントロールソリューションズ株式会社では、「現行の業務フローを詳細に分析し、重複や無駄な手順を徹底的に排除することで、コストの最適化を図りながら、効率的かつ効果的なプロセスと統制の設計を行います」として、業務プロセス統制の設計や見直しを支援しています。
公開されている対応事例では、監査法人の交代により監査法人からの要請が厳しくなった東証スタンダード市場の上場会社に対し、現状実施している統制をレビューして見直すべきポイントに優先順位をつけて提示し、経営陣の理解を得たうえで改善を推進しています。
まとめ
内部統制の形骸化は、文書化の目的化、業務の変化への未対応、統制の過多、目的の共有不足、経営者の姿勢など、複数の原因が重なって起こります。
立て直しの第一歩は、現状の統制を棚卸しし、「その統制はどのリスクを防いでいるのか」という原点に立ち返ることです。リスクに応じてメリハリをつけ、現場が納得して運用できる仕組みに整えることで、内部統制は負担ではなく、会社を守る仕組みとして機能するようになります。
しています!
上智大学経済学部卒業。大原簿記学校講師、青山監査法人(当時)勤務を経て、1998年KPMGニューヨーク事務所に入社。
2002年以降は、KPMG東京事務所(現あずさ監査法人)にて外資系企業の法定監査、デューデリジェンス、SOX法対応支援業務を担当する。
現在は、経営コンサルタントとして、内部統制構築支援やIFRSコンバージョン支援に携わるとともに、各種実務セミナー講師としても活躍中。
著書『フローチャート式ですぐに使える内部統制の入門と実践』他。
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